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九曲巷
鹿港の特色的な路地−九曲巷
毎年中秋が終わると所謂「九降風」(すなわち東北季風)が鹿港一面に黄土を運ぶため、路地の設計に湾曲多折方式を採用し、強風の侵入を防いでいます。

知っておきましょう
九曲巷の路地には一般の十字交差の路地とは異なり、T字型の交差を採用しています。また、通路は彎曲で迂迴したラインとなっており、一般の路地のように直進前進しません。湾曲多折は鹿港の路地の特色で、特に金盛巷(九曲巷)が最もその特色を現しています。大部分の鹿港老街の路地の多くは「九曲巷」と呼ばれ、これは元より鹿港路地の一大特色です。しかもそのうち「金盛巷」は「九曲」方面の特色を最もよく表しています。同時に、完全な形で保存されています。

所在地
鹿港鎮民族路163号と165号の間top


楊橋で月夜の散歩−楊橋公園
楊公橋、またの名を楊橋は、鹿港と南台湾の交通の要道で、地理的位置の特殊のせいか、人の往来が耐えません。橋の上に立つ度に、清らかな水が明るい月を写す様子が絶景で、"楊橋で月夜の散歩"の特色は鹿港の八景の一つとなっています。

楊橋公園の小話
楊橋は、もともと旧鹿港溪を渡る一本の木橋であり、嘉慶十七年(西暦1812年)に増築され、利済橋と名づけられました。百姓は別に楊公橋と名付けました。清の同治十年(西暦1871年)、鹿港の知事李鍾霖は資金を集めてこれを再度修復し、端の先に碑を立てて "利済橋修復"記念としました。

所在地
鹿港鎮文武廟青雲路南尽頭top


摸乳巷
鹿港の有名なトンネル−摸乳巷
元々街を前後する通道ですが、その狭さの故、わずか一人しか通れず、二人では壁に擦れてしまいます。このため摸乳巷の名称が付きました

興味深い街名を探求
実は摸乳巷は長い店屋間の一本の防火道なのです。現地の住民は強風を遮るため部屋の間隔をなるべく縮小しており、最も狭いところでは、70cm以下です。男女が向き合って進むと体と体がぶつかり合うことから、,「護胸巷」、「君子巷」のような多くの名称が生まれましたが、どれもこの「摸乳巷」の名には及びませんね。

夢麟巷と言われていた
昔の人々は子供を生むことを切に望んだり、日に思うことがあり、夜には夢を見ました。このため、路地の狹くて長いのはまるで人々が夢を見るのと同じだということで、「夢麟巷」と呼ばれました。しかし、摸乳巷の台湾語の音と似ている事から時間が経った後に「摸乳巷」となったのです。

所在地
鹿港鎮菜園路38号旁巷内top


壁
鹿港の特色的創作−壁
昔の建築匠師は空の紹興酒の瓶を応用して壁の装飾品としています。材料の特性を発揮し、一味違った美しさがあります。

優れた芸術、民情を表す
全部で四列、各一列には15の酒がめがり、左右両側に全部で120個あります。酒がめで壁を形成し、一方はその効用を十分に発し、一方で美さを添え、鹿港の人々の勤樸な民風と芸術的視点がうかがえます。

所在地
鹿港鎮中山路和興派出所傍らの巷道中top

ガイドによるご案内
方法一:
観光三輪車に乗って古蹟保存区を回る→工芸大師を訪問(木の彫刻、ブリキの彫刻→立体刺繍など、、、)→伝統的なスナックを食べる(牡蠣炒め、猿蝦、麺茶)→お土産を買う(伝統焼き餅)。
方法二:
文開書院/文祠/武廟を歩く→一級古跡の龍山寺の建築芸術風景を観賞→古い町並みの歴史の軌跡(半辺井を含む)探索→天后宮参拝(宮前の猿蝦を試食)→おやつを食べる→九曲巷の昔人雅事(十宜楼を含む)を味わう→民俗文物館で先民の生活を探索する。

 

1895 八卦山抗日保台史蹟館
1895 八卦山抗日保台史蹟館

1894 年、日清戦争に敗れた清朝は、日本と「日清講和条約 ( 下関条約 ) 」を締結し、澎湖、台湾を日本に永久割譲しました。これが、いわゆる「讓台記」、或いは「乙未割台」です。この事件は、台湾に極めて大きな衝撃を与えました。政治的には、台湾は日本の最南端の国土となり、経済的には、伝統的な工・商・農業が現代的な経営方法に取って代わられました。また文化的にも、日本文化の影響を受けるようになります。時を経た今でも、台湾の歴史に多大な影響を与えています。  
1895 八卦山抗日保台史蹟館

  乙未戦争の彰化八卦山の役は、中部地区における台湾人と日本人の戦闘の中で、最も重要なものです。この戦いでは、北部、新竹、苗栗の役以降の抗日民兵、支援兵が集結されましたが、台湾軍は殆ど壊滅し、抗日戦闘は終結に向いました。
建設場所: 彰化県文化局後方の第二期刊室。八卦山防空トンネルと出口近くの土地。軍事施設の遺物を積極的に利用し、防空トンネルを再利用する。乙未戦争に関する情報、八卦山の役に関する情報を提供し、民衆のレクレーション活動を充実させる。
展覽方式: 史料の研究成果の展示と空間の状況に合わせ、展示板、立体展示棚、平面展示板を利用し、躍動的ですっきりとした雰囲気を作り出す。
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半辺井
半辺井
鹿港住民の純朴さの象徴
鹿港には多くの半辺井があります。二軒で共用する井戸ですが、住民の親睦を深める役割を果たしてきました。

半辺井の物語
半辺井は、完全な井戸ですが、壁で半分に仕切られています。内側の半分は自分で使い外側の半分は
井戸を掘る能力のない人に自由に使ってもらうものです。

古跡を思う
往日の鹿港住民の純朴さと深い人情味が感じられます。現在は閉じられていますが、先人の善意と思いやりを後世の者に伝えています。 top

 


意楼
意楼
樹を見るは、人を見る如し
意楼は、慶昌古? ( 古い住宅 ) にある小さな屋根裏部屋のことで、壁近くに植えられたスターフルーツの樹が、悲しい恋の物語を語っています。

意楼の物語
言い伝えによると、かつてここには尹娘という女性が住んでいました。伊娘は新婚でしたが、夫は功名を立てるため、彼女を置いて試験に出かけます。夫は彼女の寂しさを和らげるため、意楼の壁のそばにスターフルーツの樹を植え、「樹を見るは、人を見るが如し。試験が終われば帰ってくる」と言い残し出て行きます。しかし、夫からは何の便りもありません。伊娘は意楼で夫の帰りを待ち続けますが、寂しさの余りついに死んでしまいます。

ミニ知識
意楼の窓は円形で、円満の意です。窓にはひょうたんと古銭の模様が付けられていますが、ひょうたんの中国語・葫蘆(= hulu) は、福 (fu )と音が近く、幸福を願うという意味で、古銭は「財を成す」という意味です。ひょうたんと古銭が交錯し、古典美に溢れています。
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彰化芸術館
彰化芸術館
ゴミ集取車の駐車場が芸術館に変身
かつて清掃員達の職場であり、ゴミ収集車の駐車場だった「彰化中山堂」が生まれ変わりました。今では、彰化県文化局、文学歩道、武徳殿、三級古跡節孝祠と共に「彰化文化エリア」を形成し、地区全体の「文化の香」りを一層濃くしています。現在は、主に芸術関係の展覧、レクチャー、研修等の活動が行われています。

 


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